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評者◆斎藤貴男
北朝鮮ミサイル騒動の演出が意味するもの――ミサイル防衛拡大と敵基地先制攻撃論が、また一段高いハードルを越えた)――軍事覇権を握る米国と一体化する日本政府
宇宙開発戦争
ヘレン・カルディコット、クレイグ・アイゼンドラス著/植田那美、益岡賢訳
No.2916 ・ 2009年05月02日




 「発射基地への打撃や万一の場合のシェルターの問題をしっかり議論すべきではないか」
 中川昭一前財務相が記者団に語ったという(共同通信四月五日付配信)。ほんの一ヶ月あまり前、G7後の記者会見で世界中に醜態を晒して辞任に追い込まれた酔っ払いが先制攻撃の好戦論を一席打って、それでも咎められることがない。
 政権与党で北朝鮮との戦争を主張する人々が勢いを増している。七日には坂本剛二組織本部長が党役員連絡会で「日本も核保有の脅しを」の持論を述べ、参院外交防衛委員会で浅野勝人党国防部会長が政府に質した。「守りは自衛隊、攻撃は在日米軍という役割分担の見直しを検討するつもりはあるか」。
 山本一太参院議員ら七人の若手が「北朝鮮に対する抑止力強化を検討する会」を立ち上げたのは九日だ。目的の最初に、〈「敵地」(策源地)攻撃能力を保持する可能性に関して法的、戦略的、軍事的側面から研究を行う〉とある。その能力に関する記述を「防衛大綱」に盛り込みたい意向も示唆された。
 政治家だけではない。平行してソマリア沖の海賊問題があり、あるいは先のWBC国際野球大会や二〇一六年五輪の東京招致活動などの催しも相次いで、日本国内にはまたぞろ愛国心や戦意高揚を促す空気が満ちている。
 三月下旬から四月上旬にかけての大騒動が導いた必然だ。朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が人工衛星だとする物体を発射した前後の報道は凄まじかった。マスメディアのほとんどすべてが、特に根拠も示さず「ミサイル」と断定。〈核搭載想定の実験?〉(産経新聞)、〈米に突きつける脅威 「成功」なら本土も射程に〉(朝日新聞)などと北朝鮮の恐怖を煽りまくった。
 大合唱に背中を押されるようにして、政府は迎撃体制を整えた。秋田や岩手、首都圏の自衛隊駐屯地や周辺海域に展開する日米両国のイージス艦にPAC3(地対空誘導弾パトリオット3)が配備され、防衛相は物体が日本の領土・領海に落下する場合の「弾道ミサイル破壊措置命令」を自衛隊に発令。日米〝同盟〟のミサイル防衛システム(MD)が、実践に限りなく近づけられたのである。
 大騒ぎの割には、しかし、メディアにも政府部内にも緊張感がまるで伴っていなかった。「(ミサイルは)高すぎて国民は何が起きているかわからない。見えたら面白い。そっち行ったら、〝ファー〟っていう感じ」と記者団に洩らしたのは鴻池祥肇内閣官房副長官だ。「ファー」とはゴルフ用語で、コースを逸れて飛んでいくボールへの注意を呼びかける掛け声。北の脅威を強調する人々ほど楽しげで、嬉しそうにさえ見えていた。
 米国の関心を引くためだとか、さまざまな憶測が流れているが、北朝鮮の本当の狙いは不明である。それにしては発射を阻止するための十全な外交努力を日本政府が払った形跡もない。敢えて積極的に発射させたようにしか見えなかったのは、ひとり筆者だけだろうか。
 あの光景はいったい何だったのだろう。煽り過ぎ、戦争ごっこの異論を唱えれば袋叩きに遭いかねない雰囲気に社会全体が覆われていた。少なくとも結果的に、政府・与党とマスメディアは一体となって、一幕のプロパガンダ劇場を演出してのけたことになるのではないか。
 PAC3が配備された東北地方では、加藤紘一元外相や玉沢徳一郎元防衛庁長官ら、地元選出の政治家が常設を要請。自民党国防部会で早期警戒衛星の独自保有を訴える意見が続出するなど、ミサイル防衛(MD)の拡大が声高に語られ始めた。はたして四月五日、実際に物体が発射されると、冒頭のような先制攻撃論がぶち上げられていった。
 改めて指摘するまでもなく、一連の動きは突然に発生したものではない。歴然とした背景と経緯が存在する。なぜか報じられないだけだ。
 格好のテキストが騒動の直前に出版されていた。国連で宇宙条約の草案作成に当たった経歴を持つクレイグ・アイゼンドラスと、ノーベル平和賞候補にもなった核問題の評論家、ヘレン・カルディコットの共著『宇宙開発戦争――〈ミサイル防衛〉と〈宇宙ビジネス〉の最前線』(植田那美・益岡賢訳、4・15刊・四六判二八二頁・本体二四〇〇円・作品社)。それによれば、米国は地球の全方位支配を目指して、大気圏外から地上を攻撃・殲滅できる宇宙兵器の配備、すなわち宇宙軍拡を最重要国家戦略としているという。
 これこそ冷戦時代から半世紀にわたって繰り広げられてきた宇宙開発の最終段階で、当然、その技術やシステムはビジネスにも活用され、軍需企業に巨額の利益をもたらす。GPS(全地球測位システム)が典型だ。
 MDも宇宙軍拡の一環である。レーガン政権の戦略防衛構想(SDI)でクローズアップされ、クリントン政権でやや後退したのも束の間〝テロとの戦い〟を掲げるブッシュ(子)政権によって強引に推し進められてきた。
 『宇宙開発戦争』には、この分野の専門家である杉原浩司氏の日本語版解説もついている。〈MDは、日米の軍事再編において、自衛隊の米軍事戦略への事実上の編入という本質を最も露骨に示すもの〉だとして彼は、昨年五月に成立した「宇宙基本法」が従来の平和利用原則を葬り、軍事利用をむしろ宇宙の産業化への突破口として明確に位置づけたと論じていく。
 自民党の司令塔は二〇〇五年に発足した「宇宙開発特別委員会」だ。初代の委員長を務めたのは、今回の騒動で終始、政府のスポークスマンとして前面に立ち続けた河村建夫官房長官。同委員会には専門委員として三菱重工やNECをはじめとする軍需産業の幹部らも結集した。基本法成立の三ヶ月後には内閣に「宇宙開発戦略本部」(本部長・麻生太郎首相)が設置されて討議を進めてきており、来る五月には具体的な目標を定めた「宇宙基本計画」を策定することにしている。そのような段階での北朝鮮ミサイル騒動であり、MD拡大機運の高まりであり、敵基地先制攻撃論だったのだ。
 あれほど不人気が伝えられた麻生政権も、最近はいつの間にか安定しつつあるかのようだ。小沢一郎民主党代表の公設第一秘書が政治資金規正法違反容疑で東京地検特捜部に逮捕・起訴された事件が国策捜査であったかどうかは措くにせよ、何もかもが米日の軍産複合体に都合よく運んでいる事実は動かない。
 常に米国とともに戦争する国に向かって、この国の社会はまた一段、高いハードルを越えてしまったのではないか。北朝鮮ミサイル騒動で構築された〝世論〟が再検証される必要がある。
(ジャーナリスト)






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