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評者◆前田和男
第74回 細川首班指名は日本新党の作戦勝ち?
No.2962 ・ 2010年04月17日




日本新党は裏側ではそんな「内訌」を抱えながらも、表舞台では順風満帆、前途洋々の船出を謳歌しているかのようにみえた。日本新党にとってなによりの「凱歌」は、選挙後の八月六日の細川首班指名であろう。これについては、小沢一郎のイニシアティブを評価する論調が多い。たとえば石川真澄の『戦後政治史・新版』(岩波新書、二〇〇四年)はこう記す。

 「決定的だったのは、日本新党がキャスティング・ヴォートを握っていることを的確に見抜き、選挙後早期に接触して、自らを誹謗した細川に『総理の椅子』を提供するという思い切った手段に出た新生党・小沢の政治技術であった」(なお、「誹謗」とは、都議選候補の応援演説で、小沢新生党を「今まで自民党の中枢にいて権力抗争で自民党から出てきた人たち」「『改革派』と称しているが、いかがわしい人たち」と発言したことを指す)

 しかし、日本新党サイドからすると、いささか見方が異なる。小沢のイニシアティブというより、日本新党の「作戦勝ち」といえるかもしれない。選挙戦の最中から細川と日本新党は、自民につくか非自民につくか曖昧な態度を取り続けていたことが功を奏したのである。すなわち、日本新党を自民に行かせるのはまずい。こちらに引き込めば政権がとれる。それにはそれなりの「ボーナス」が必要だろう。細川首相でもいいのではないか。こんなシナリオで非自民勢力がすんなりとまとまり一気に細川連立政権へと動き出したのである。となれば、小沢のイニシアティブ以前に、細川の曖昧な態度が細川を首相に導いたことになる。
 しかし、日本新党の「凱歌」は長くはつづかなかった。
 一月二九日に、不完全とはいえ長年の懸案であった政治改革関連四法案を成立させたまでは上首尾だった。直後の朝日新聞の世論調査では細川内閣の支持率は七一%と「高どまり」をつづけていた。「つまずき」はその五日後の深夜にやってきた。細川首相が突然記者会見を開き、いきなり七%の国民福祉税構想を発表したのである。これは、新生党の小沢一郎と公明党の市川雄一の「一一ライン」(実質的に構想原案を練り上げた大蔵省事務次官の斎藤次郎をくわえて「一一二ライン」ともいわれた)が画策し、これに細川が党になんの相談もなしに乗ったものだった。これに怒った日本新党の議員たちが首相官邸に押し掛け、「友党」のさきがけも反対。内輪から抗議が殺到し、マスコミからも追及されると、細川はあっさりと撤回。ここから「つまずき」がはじまった。
 国民福祉税構想で細川が小沢に引っ張られているのが明らかになったことで、反小沢のさきがけとの合併構想は頓挫どころか「婚約解消」となり、日本新党内の親さきがけ派の離党が相次ぐ(詳しくは後述)。そしてとどめは、四月になって発覚した佐川急便からの献金疑惑。これで細川は四月八日にあっさりと退陣を表明。その後、小沢一郎のイニシアティブで新進党という非自民の保守中道大合同の仕掛けがあり、日本新党の中には民社党との連携を先にすることを望む声もあったが、結局は新進党へ合流、日本新党は二年半の寿命を終えるのである。

●「もう一度やるなら今度はしつこくやって解散する」

 細川首相と日本新党の「短命」の原因については、多くの書物で言及されている。その論調は大枠としては、新生党=小沢一郎とさきがけ=武村正義との間で日本新党・細川護煕が綱引きにあったことと、細川自身の政治家としての淡白さだとされる。しかし、当の細川からは、大方の研究者が共有するこの見方とは違う興味深い「総括」がなされている。細川政権の最大の成果とされる「(日本初の小選挙区制導入による)政治改革法案」が通ってしまったことが日本新党の短命の原因であり、逆に、同法案が通っていなかったら日本新党と細川政権はより強固なものとして続いたともとれるものだ。前掲の『「新党」全記録』で細川はこう述べている。

 「(もともと細川は『三名連記制』を唱える中選挙区論者だったが)細川政権が出来るときの八党合意で、小選挙区比例という話になったものですから、この際ドラスティックに日本の政治を変えるためには、それも悪くないかと。あそこで一番よかったシナリオは、今からこんな事を言っても仕方がないんだけれども(笑)、あそこで法案が通らなかったら、解散してましたね。そうしたら中選挙区のままの選挙で、自民党は壊滅したかもしれない。私はそう腹を決めていましたから。あの連立政権でもう一度予算を組んでいたら、自民党は本当にまいってしまったと思います」

 さらに細川はこうまで言っている。

 「もし仮にもう一度やるのなら、今度はしつこくやります(笑)。しつこくやって一番いいタイミングで解散をやります。現代の君主にとっての一番の武器は解散しかないわけですから」

 片や小沢一郎は、民主党による今回の政権交代後に緊急制作された「NHKスペシャル」でインタビューに答えて、「もっと細川さんががんばっていたら、自民党はつぶれて、政権交代はもっと早く起きていただろう」と述べている。さらに、細川が政権を投げ出した後、裏をかかれて自民党に政権を奪還されたことについて、「それが政権交代をここまで遅らせたが、五五年体制の岩盤というのはそれほど固いものだった」とも述懐している。
 「失われた政権交代一五年」について、細川と小沢の「総括」が奇妙に平仄があっているのが興味ぶかい。
(文中敬称略)







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