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評者◆前田和男
第78回 日本新党が花開かせた「新しい政治文化」と政権交代
No.2966 ・ 2010年05月22日




 いま一五年ぶりに政権交代が起きたが、それに向けて日本新党が果たした役割は何か。最後にそれを探ってまとめとする。
 日本新党が旗を挙げて以来、自民党は単独で政権を持ったことが一度もない。それはなぜか。日本新党が「新しい政治文化」を提起、その一方で自民党が宿敵を首相に担いで村山自社さ政権をつくる中で旧来のパラダイムが壊された。この相乗作用で、五五年体制が築き上げてきた過去の蓄積が失われた。「政局」がきかなくなり、いわば「なんでもあり」になった。
 では、日本新党が提起した「新しい政治文化」とはなんだったのか。具体的に検証してみよう。
 一つは、政治の必需品といわれてきた三バン(地盤=後援会、看板=知名度、鞄=カネ)がなくても政治家になれる道を日本新党が開いたことだ。二世でもなく、名もなく金もなくても政界へ人材の供給を可能ならしめた。現在厚生労働副大臣の長浜博行自身も日本新党がなかったら、政治家になれなかった、そもそもなろうとも思わなかっただろうという。
 もう一つは政治組織のあり方である。当初日本新党の政策責任者であった安藤博が目論み、党則にも盛り込まれた「ネットワーク型組織論」だ。この頃から選挙を大きく動かす要素として「無党派層」が注目されるようになったが、この「非組織的支持層」を、個人のネットワークを媒介して、地域を超えて参加させようというもので、自民党や社会党のような既成政党にはできない新しい試みだった。これによってそれまでは「玄人の中の玄人」によって仕切られてきた政界に、特別な組織に頼らない「新しい政治文化」が花開いたのである。
 縦型の上意下達の命令系統をもった、ピラミッド組織ではなく、それぞれ個性のある惑星が、細川という太陽を中心に回っている。結党時の日本新党は、そんなフラットでフレキシブルなものだった。日本新党は自らを政党と思っていなかった節さえあった。細川には、仮に党がなくなっても構わない、時代に適応して形を変えていけばいいという思いがあったのではないか。前述したが、それは、そもそも細川自身が新党ではなく「平成維新の会」のような国民運動を起こそうと思っていたことに大いに関係があるだろう。
 ただ残念ながら、実態は、前述したように、細川個人商店の店主との距離感で党務が運営されるという混乱を生んでしまった。党の政策や路線ではなく、代表の細川との人間的な距離感が優先された。細川の知名度によりかかって、政策はあとからついてくるという雰囲気さえあった。裏返せば、そうした細川の個人的な魅力で風が吹いたという側面も否めなかった。
 日本新党が花開かせた「新しい政治文化」はまだある。それまで政治に遠く距離をおいていた女性パワーを政治に引き込んだことだ。それには、前述したように、候補者に円より子や小池百合子を受け入れることで、「クオータ制」など女性ならではの政策課題を日本の政党として初めて掲げたことが大いにプラスに働いたと思われる。日本新党の選挙では、どこからともなく湧いてくる女性応援団のパワーは物凄かった。民主党は女性に人気がないといわれるが、日本新党は女性たちに引っぱられていたといっても過言ではない。細川と日本新党がもっていた既成政党にはない「清廉さ」が彼女たちのある種の「潔癖症」と共振したのだろう。これもまた功と罪があって、細川のスキャンダルが明るみにでた途端、彼女たちは日本新党を見限る。見限ったのは日本新党だけではない、政治そのものを見限る。その結果、日本新党に期待したものが大きかっただけに、その反動で、「失われた一五年」を招来したともいえるのである。
 ジェンダー以外の政策面でも、日本新党は「新しい政治文化」のタネを仕込んだといえよう。ひとつは早々と「環境問題」をとりあげ、グローバルな視点から「地球との共生」を謳ったことだ。もうひとつは、「生活者の視点」からの政治改革を打ち出したことだ。いずれも今ではどの政党でも掲げる「共通政策」となっているが、一生活者というローカルな目と地球市民というグローバルな視点を複眼的にあわせもつ政治のあり方を問うたことは、「新しい政治文化」の提起として評価されていいだろう。
 では、日本新党が生み出したこれらの「新しい政治文化」は、今回の政権交代にどう生かされたのか。
 結論からいうと、ほとんど生かされることはなかった。だからこそ、一九九三年につかの間訪れた細川非自民政権交代から、一五年も政治的停滞が続いたのではないか。
 その主たる理由は、皮肉なことだが、自ら導入した小選挙区制度で、より大きな政党へ合流しなければならなくなり、自らの「新しい政治文化」を摘んでしまうことになったからである。
 本来なら、自民党と社会党の「合作」による五五年体制という「古い政治文化」に対抗できるのは社会党でもなく、自民党から割れた新生党でも新党さきがけでもなく、日本新党が提起した「新しい政治文化」のはずだった。しかし、現実には、前掲の「政党遍歴リスト」にあるように、日本新党出身者は三グループにわかれ、それぞれ自民党、新進党、民主党に合流。その後、新進と民主のつぶしあいの中で、自民党が息を吹き返し、一五年間の政治空白を生んだ。もし中選挙区のままだったら、日本新党は短命に終わらず、日本新党が花開かせた「新しい政治文化」が実を結び、政権交代・政界再編がもっと早く起きていたという説も一部にはある。しかし、それは神のみぞ知る、だ。
 やり直しのきかない現実政治の世界では、日本新党は、ともに自民党由来である小沢一郎の新生党系と武村正義・鳩山由紀夫の新党さきがけ系の二潮流による「対抗」と「ぶつかりあい」に呑み込まれてしまったのである。この「旧新生系」対「旧さきがけ系」の二潮流は、今の自民党の中にも民主党の中にも存在し続けている。そして、日本新党を政治家としての原点だという長浜は、今の民主党の中では、「日本新党的なるもの」は過去のものとして忘れ去られているという。
 しかし、それでいいのだろうか。過去のものになっていることこそが問題ではないのか。政権交代とは、政治文化の新旧交代でなければならず、そうであれば、日本新党的なるものを今一度掘り起こし、甦らせることが、民主党にとっても必要とされていると思うのだが……。
(文中敬称略)







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